***Yui STYLE***

末広ゆいのお仕事から普段の姿までちょこっとお見せします♪

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経済ドキュメンタリードラマ「ルビコンの決断」  


テレビ東京
経済ドキュメンタリードラマ

「ルビコンの決断」

あなたはなぜ働くのですか?
~日本一優しい会社が問い続けた50年~
10月15日(木) 夜10時~

090927.jpg


鎌原 美津子役
にて出演します。


本日無事にオールアップとなりました!!

経済ドキュメンタリードラマ、と普通のドラマとは少し違う作りの番組です。
新しい時代を切り開いていった人たちの “決断”を題材に、
徹底した取材をし、それを元に制作したドキュメンタリードラマと、
木村圭乃さんがメインナビゲーターを勤め進めていくスタジオトークで構成されています。

今回、出演するドラマは昭和50年、日本で心身障害者多数雇用モデル工場1号として、
障害者の雇用に積極的に取り組んだ日本理化学工業という会社が、
昭和35年に初めて障害者の雇用を始めて、それに成功していくまでのお話です。

私はその昭和35年に雇用された2人の内の1人という役柄で、鎌原美津子という役を演じました。
知的障害を持つ役というのはもちろん初めてで、動作、口調、表情とどれを取っても難しいものでした。
女優としては一度は演じてみたい役であり、やりがいのある役です。
人としてはとても考えさせられるもので、障害者の雇用は今でも難しい問題なのだろうと思います。
また少なくなったとはいえ未だに残る差別や偏見にも目を向けざるを得ません。

私が通っていた幼稚園、小学校、中学校では障害を持つ生徒も同じ教室で授業を受けていました。
休み時間になれば一緒に遊ぶし、運動会や合唱コンクールなどの行事も一緒に出ます。
出来ない事があってもみんなで助けてあげて、なんでも一緒に楽しんできました。
ずっとそうしてきて、それが当たり前だと思っていたので、
全ての学校が必ずしもそうでは無いと知った時は本当に驚きました。
女優としての仕事の中で初めて障害者を扱った作品触れたのは『金八7』のヤヨでした。
ドラマの中で3Bは最初は戸惑ったものの最後にはみんなでヤヨを守って仲間として卒業しました。
またトーチランの撮影では実際に障害をもった方々ともご一緒させていただきました。
そして今回のドラマの題材となる日本理化学工業の工場に撮影で行った際、
実際にそこで働いている方ともお会いすることができました。

知的障害と言っても軽いものから重いものまで症状はさまざまです。
けれど今まで出会った方の全てがみんなキラキラと輝いている方ばかりでした。
『ルビコンの決断』で私が演じた鎌原美津子は今よりもさらに障害者雇用の難しい時代で、
働くということを心から楽しんでキラキラと輝いている女の子です。

この番組を通して少しでも障害者雇用が難しい問題ではなくなり、
また差別や偏見がなくなっていけばいいと思います。

/////////●COMMENT Re:●/////////
→ヒカリさん
長々と記事を書いていたら日付を越してしまいました><;
遅くなりましたが公開ですー!!
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Posted on 2009/09/28 Mon. 01:59 [edit]

category: 出演・公開情報

tb: --   cm: 2

コメント

とっても難しい役ですね。
ゆいちゃん達役者さんが演じて、それを監督さんが撮って編集して放送する。
そして、それを見た人達が障害のある人達に対して優しい気持ちになって、少しでもいいから差別や偏見、いじめが無くなればいいと思います。
うちのクラスにも一人いましたが、あまりにも小さい時から一緒で、教えたり、やってあげるのが当たり前でした。
だけど他のクラスの子は、からかったりする事もありました。
でも、その子はどんな時でも明るくて、いっぱい、いっぱい教えてもらう事がありました。
役者さんは、メッセンジャーでもあるんですね?これからも頑張って下さい。

URL | みゅ #-
2009/09/28 13:50 | edit

なるほどです。大変な役でしたね。
私の小学校では、学年の違う子とペアになって
交流をする、時間がありました。名簿順に
ペアが決まっていて、私が6年の時に
ペアを組んだ1年生の男の子は「としくん」
という名前の知的障害のある子でした。
初めは、何を話していいのか分からず、
自立学級の担任の先生も含め、3人で
遊んでいました。なかなか
心を開いてくれなくて、
「おはよう」と初めて話してもらえた時は
とっても嬉しかったです。
本当に、「ヤヨ」がそばにいるようでした。
次第に、先生についてもらえなくても
大丈夫になり、2人で遊び始めました。
みんなは大勢で鬼ごっこや
かくれんぼをしていても、私達は端っこで
2人きり、砂遊びをしたりしていました。
卒業式のときに、「卒業おめでとう」
と言ってくれた事が印象に残っています。
今でも、としくんとの交流は続いていて、
小学校に遊びに行ったり、中学の文化祭に
来てくれたりしています。
としくんとの交流の経験を生かして、中学では
今、知的障害のある1年生の男の子と
遊んだりしています。
ほんとうに難しい問題ですが、差別や偏見など
いらないものは捨ててほしいです。

URL | ヒカリ #jtwaJ13Q
2009/09/28 09:13 | edit

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